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2006年 06月 05日
そうそう、ボンでは市電の停留所名も電車に書いてある行き先の表示もすべて Futura でした。こんなふうに、ドイツでは普通に使われているんですよ。なんのことか分からない人は5月27日の日記をご覧ください。
![]() #
by akobayashi_dnikki
| 2006-06-05 22:11
| 書体デザインについての話題
2006年 05月 31日
ITC Stone 書体のデザインが違う理由について質問をしてきてくれた人は、私の新作書体が見たいとも書いてきた。24日の社内会議で私の新作書体を提案したら通ったので、年末くらいには発売できるかな。ちょっと60年代っぽいセリフ書体です。
ここ一週間ばたばたしていて、しかも書体のことばっかり書いていたので生活のことをまとめて書き残しておきます。 まず労働許可が2年前に期限切れになっていた件は、必要な書類を揃えて23日に市役所に出向き、3年延長できた。市役所の人によると「今度からは、労働許可と滞在許可の期限が同じになった」そうなので、「それは助かる」と言った。市役所はラジオがかかっていて、市役所の人は寿司屋の話やサッカーの話をしてくるというくだけた感じ。 先週前半は、長男の周平(三年生)が現地校の方の宿題をやらないで隠していたのが分かり、叱るだけで過ぎた。怒るとエネルギーを使うもので、私も由美子もヘトヘトだった。嘘をついていたことを叱り、担任の先生との連絡に使っているノートに「残りの宿題はちゃんとやらせますから」と書いた。周平は先週から朝シャキッと起きるようになったのは良いが、そういう方面でずる賢くなるのは良くない。ここ一年間の成績で来年の上級校への進学が決まることを周平に言い聞かせ、嘘をついて隠しても見つかることを分からせ、宿題の取り組み方を少し変えてイヤな宿題ほど先に済ませることなどを約束させた。 それがあってから気分転換にレゴランドにいった。レゴランドでは説教や勉強の話は一切無し。単に遊ぶだけ。レゴランド翌日の金曜日は、今度は大人の楽しみの日。Metzingen で洋服の買い物。けっこう混んでいて、並んでから入る店もあった。土曜日にも Neu-Isenburg ショッピングセンターに行く。 けっこう今回の「宿題の取り組み方を変える作戦」がうまくいっていて、苦手な日本人補習校の作文の宿題もちょっと助言しただけで周平がやる気を出して27日土曜日の夜に短時間で書き上げた。作文の題は周平が自分で選んだ「ことわざ」。自分が今興味を持っていることについて書くという宿題。28日の日曜も朝のうちに残っていた現地校の宿題を片づけさせて、すっきりした気持ちでダルムシュタットまで家族でアスパラガスを食べにいった。前回はオランデーズ・ソース(マヨネーズみたいなの)がたくさんかかっていてくどかったので、今回はソース無しにしてもらった。今回はこの2週間ほとんど曇りか雨の日が続いたが、この日は少し晴れ間が出て、家に帰って京平と自転車で遠くまで走る。平和な週末だった。 京平の方は、ドイツ語の補習授業が予告無しに休みになることについて小学校にメールで苦情を書いておいたら翌週に校長先生から丁寧なメールがあった。「授業が予定通り行われるようにします。京平のドイツ語は入学するのに十分だから、幼稚園を早退させて通わせるのが困難ならば補習授業に無理に来させなくとも大丈夫です」ということだったので、じゃあ5月いっぱいまで通わせて、あとは残り少ない幼稚園の生活を楽しく終わらせようと由美子と相談して、学校側に29日まで通わせてそれ以降は補習授業はやめるという書類を提出した。 5月30日に京平の現地小学校の入学適性検査があった。出社が遅くなることを部長に前日に伝えておいた。由美子といっしょに京平を10時に学校に連れて行くと、すぐにそのテストのために京平は他の6人くらいの子供といっしょに教室に連れて行かれた。父母面談の予約を来週6月7日にとったあと、10時45分まですることが無くなったので由美子といっしょにスーパーマーケットに牛乳などの買い出しに行った。学校に戻ってすぐ京平が出てきた。担当の Niemetz 先生にどんなことをしたのか聞いたら、絵を見せながら簡単なテストをやったということだった。京平は「全部できた」と言っていた。 11時過ぎに出社してメールを開いたら周平の現地校の担任の先生からメールがあり、周平が宿題をやらない言い訳をするようになった、ドイツ語の作文での表現力も劣っていると書いてあった。家に帰ってそれについて周平とまた話し合う。もうすぐ6月だが朝晩は寒い。ほとんど冬の格好で、手袋をして自転車に乗っている。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-05-31 23:23
2006年 05月 29日
微妙にデザインの違う二つのフォント「ITC Stone by ITC」「ITC Stone」についてストーン氏から返事がありました。結論を簡単に言うと、どっちもオリジナルでした。
ストーン氏の文章を「」でくくって引用し、ほかは要約します。 「これまで、Stone 書体には少なくとも3つのバージョンがあった。最初のバージョンの Stone 書体は1987年にアドビから発表された。ITC は、ドイツにあるソフトウエア会社 URW といっしょに ITC 書体を独自にデジタル化していて、1988年秋にその ITC 版が発表された。」 つまり、Stone 書体発表直後に2つ目のデジタルのバージョンがすでにあったわけです。その ITC 版の字形についてストーン氏は「(デザイン的な)変更が行われていることは知らされなかったし、その変更も極端ではないにせよ、不当なものだった」と書いています。つまりもともとデジタルの書体でも、ライセンスした ITC が独自に別のバージョンをつくっていたわけで、オリジナルのデザイナーのストーン氏もそれをコントロールできなかった。 どういういきさつで変更されたかはストーン氏も知らず、これは彼の推測ですが、「たぶん ITC と URW との間でなにか決まりがあって、それをもとに変更されたんだろう」ということです。URW では、PostScript でない独自の Ikarus というアウトラインデータを使ってましたから、わざわざ別につくるのは、そういう理由もあったのでは。 ただし、1994年にストーン氏によって制作された改訂版 Stone が ITC から出たあと、最初の ITC のバージョンは市場から消えたそうです。つまり、3つあったバージョンのうちひとつは現在なくなった。現在ライノタイプ社から2つのバージョンが発売されていることについては、ストーン氏に見てもらったところ、「ITC Stone by ITC」が1994年の改訂版、「ITC Stone」がストーン氏の最初のアドビ版にもとづいているそうです。だからどっちもオリジナルということになります。 新しく加わったサンセリフのバリエーション、ITC Stone Sans Humanist にも、ITC 版と Stone Type Foundry 版との2種類があるそうです。 ちなみに、ITC Stone には Phonetic(発音記号)、 Cyrillic(ロシア文字)のバリエーションがありますが、どちらもストーン氏はデザインに関わっていなかったとも書いてありました。「最終的にできたものが良くなかったので、それについて意見を言ったけれども、それ以上どうにもできなかった」そうで、結局そのまま発売されているようです。 デジタル書体も、初期の頃はいろいろあったようです。これって、Galliard もそうですが、書体の数だけそういうエピソードがあると思います。Galliard についても作者のマシュー・カーター氏はどっちが良いとは言わない。どっちもオリジナルで、どっちも正式にライセンスされています。ただ、バリエーションについて作者がどこまで口を出せるか、というと、不満の残ることもある。ヘルマン・ツァップ氏に少し前のことを聞くと、やっぱり不満が多かったとみえて愚痴っぽくなります。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-05-29 20:46
| 書体デザインについての話題
2006年 05月 27日
●5月25日(木)
休日。翌日の金曜も休みを取った。天気予報はドイツ全土が雨で寒いということだったが、朝7時半に車でレゴランドに向けて出発。途中ずっと雨だったが、11時にレゴランドに到着したときは止んでいて、少し晴れ間ものぞいて、十分楽しんだ。帰り際に、レゴランドのロゴは Futura で組まれているなあと気づいて写真を撮っておいた。 ![]() Futura の単純な字形と子供向けの玩具というのは合うからなぁ。休日でもやっぱり書体のことを考えてしまう。夕方レゴランドを出て、シュツットガルトのホテルに向かう途中でガソリンスタンドに寄ったら、それは Shell のスタンドで、表示がすべて Futura で組まれている。シュツットガルトのホテル・メルキュールに着いたら、部屋にチョコレートが置いてあって、その有名なチョコレート「リッター・シュポルト」からの「ようこそ」メッセージも Futura。今まで何回も食べていて気づかなかったけど、あらためてよく見るとパッケージにも Futura が使ってある。 ![]() ![]() 日本だけで聞かれる、「Futura はナチスを連想させるため、ドイツやユダヤ人社会ではタブー」という変な噂について、各国の著名デザイナーにインタビューした結果、そういう事実は無かったという事を『デザインの現場』2004年10月号や私の本『欧文書体』で書いたが、その噂は今はどうなっているか調べてみたくなった。インターネットで検索してみると、まだその噂は消えてはいないようで、「履歴書の書き方」のホームページにその注意が載っていたり、別のところでは「ドイツに送った本が Futura で組まれていたためアメリカに返品された」という話が書いてある。 普通にドイツで生活していると、そんなことはまったくない。Futura は昔も今も人気の書体です。 じゃあ実際ドイツで生活していて、どのくらいの頻度で Futura に出くわすのか書いてみます。新聞の広告で Futura が使われているのを数えてみたら3つあった。もちろんどれも別の広告です。朝のテレビのニュースに出た、Deutscher Sportbund(ドイツスポーツ連盟)のロゴも Futura。図書館で借りてきたCD "The Beatles Anthology" に使われている書体も Futura。毎日使っているハンドクリームのチューブの注意書きも Futura。こないだ届いた、 ニューヨーク TDC (Type Directors Club) からの展示会の招待状も Futura Light を使って組んである。 会社までの道では、京平の通う幼稚園はその幼稚園名が Futura で組んである。京平を送って行かない日は会社まで別の道を通るが、その道にはプリンタなどで有名な HP 社の建物がある。HP も Futura を制定書体にしているので、その横を通るときに「搬入口」と Futura で書いた案内板の横を通る。つまり、私は会社に行くまでのほんの5分くらいの道のりの間にも、どちらかの道で Futura の脇を通っている。まあ、ざっとこんな感じです。細かく書くときりがないし、画像も全部つけられないからやめときます。 『デザインの現場』の記事をまとめるため、いろんな人に意見を聞いてまわったことがある。クリストファー・バーク( Futura のデザイナーであるパウル・レナーの生涯を一冊の本にまとめた)の意見のなかに、「政治的意味が書体につきまとっていることなどあり得ない」と書いてあった。全くその通りです。彼は「Futura はタブー」という噂に対してかなり強い調子で否定していて、「じゃあフォルクスワーゲンはナチスの車としてイスラエルでは禁止されているとでもいうのか?」と書いている。書体は、車とかお皿とかスプーンとかみたいな、ただの「道具」なんです。ちなみに、フォルクスワーゲンが使っている制定書体も Futura をベースにしたもので、ほとんど Futura と見分けがつかない。 「Futura はタブー」と書く人たちは、全ての人が書体を神経質に選んでいるとでも思っているんでしょうが、実際はそんなことはない。デザインに関係のない会社の役員たちが、履歴書に使ってある書体を瞬時に見分けて Futura だと嫌悪をもよおす、なんてことはないですよ。国際タイポグラフィ協会のイスラエル代表も、その噂について尋ねたときに「普通のイスラエル人は Futura と他のサンセリフとを見分けられないよ」と書いていた。Futura はイスラエルでも人気の書体だそうだ。彼の友人でイスラエル美術館の仕事をしているデザイナーは、Futura をよく使うと言って美術館のカタログの画像を送ってくれた。 この写真はレゴランドのトイレの表示です。絵がかわいいですよ。ちなみに、ここで使われている書体は、イギリスのエリック・ギルのつくった Gill Sans。 ![]() たぶん、「Futura と似た書体ならいいや」っていうんで使ったんじゃないか。他にもレゴランドでは案内板に Helvetica も使われていたし。いいかげんといえばいいかげんだけれど、それが普通なんです。これを見分けて、「レゴランドには入らないぞ、でもトイレだけは Gill Sans だから入ろう」とかいうドイツ人がいるんでしょうか? いませんよ、そんな人。そろそろ変な噂も無くなってほしいもんです。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-05-27 21:13
| 書体デザインについての話題
2006年 05月 22日
●5月20日(土)、21日(日)
土曜日、日曜日はものすごい雨風で、土曜日の午前中のドイツ語講座が終わってから町をちょっと見て回ろうと思ったが、町の中心部に行くまでの5分間にずぶぬれになったのでやめた。家で「定番書体徹底解剖」の原稿を書く。 日曜日も風が吹き荒れているので、出かけないで地下の物置の整理をした。夕方のニュースで強風の被害の様子が映っていた。 ●5月19日(金) 私の所に営業部の人が質問をしに来た。あるサイトでこんな文章を見つけたそうで、それが間違いであることを確認させてくれということだった。原文はドイツ語。 「ライノタイプは、自分の会社のディレクター小林章のつくった書体 Conrad を自分で選ばせて2000年のライノタイプ書体コンテストの1位にして、優秀書体証(Certificate of Excellence in Type Design)さえ与えている。このコンテストの書体はクズばかりで...」云々。 あまりにもとんでもない発想なので怒る気にならない。私がライノタイプに来たのは2001年春なので、それは違うと笑いながら言った。しかも、その「優秀書体証」はライノタイプが自分の書体に勝手につけるものでなく、 Conrad が発売された翌年にニューヨークの TDC (Type Directors Club) の審査会でいただいたもの (その年の受賞書体)。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-05-22 20:01
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