|
カテゴリ
以前の記事
2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 お気に入りブログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
2006年 07月 02日
会社での仕事のことを最近書いていなかったので、忘れないうちにまとめて書いておく。
フルティガー氏の新しいサンセリフ体は順調に進んでいる。今年2月からほぼ2週間おきくらいに手紙をやりとりして、いよいよ完成に近づいてきた。最初にフルティガー氏が描いて送ってくれたスケッチの中には少し今回の路線とは合わないのが時々ある。それについてはとりあえず文字をその通りに作ってみてから、試作の印字見本を作るときに「私ならこうします」とデザインの変更をしたものも添えるというやりかたで、最終的にはフルティガー氏に選んでもらうようにしている。そうするとフルティガー氏は私のデザインを選んで、それについてすごくほめてくれる。なんだか頼りにされている感じで嬉しくなる。フルティガー氏の手紙はいつも手書きで、くせのある字なので最初はまったく読めなかったが、今はもう普通に読むことができる。仕事の進み具合が分かるように大事にファイルしている。 同時に進んでいるイギリス人カリグラファとの書体デザインも少しずつではあるが進んでいる。不足している文字のデザインを送ってもらったのが26日に届いた。 22日に書体選定会議があり、外部デザイナーから応募された約15点くらいを見る。すごく良いのが1つあった。私も、5月末に提案して通っているローマン体を選定会議のメンバーに見せて意見を聞いた上で、自分の新しいスクリプト体を一つ提案した。そのスクリプト体は6月はじめに思いついたもので、スケッチから大文字小文字を揃えるまで10時間くらいでわっとつくったもの。一部のエレメントの形がその新しいローマン体に近いので、スクリプト体も同じラインナップにしようかという提案をしたら、メンバーも面白いと言ってくれていろいろなバリエーションの提案も出てきた。残念ながら、それから先は発売済みのフォントの修整の仕事に追われて試作が進んでいない。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-07-02 00:25
| 書体デザインについての話題
2006年 07月 01日
いま5歳の京平が今年の秋に小学校に進学することが決まったので、6月28日10時からの「学校体験会(Kennenlernenentag)」に由美子が連れて行った。名札をつけるときに、周平の時は「ズューハイ」と呼ばれないように「SCHUHEI」と書いたが、それでも「シューハイ」と呼ばれる。「KYOHEI」もドイツ人には発音しにくいみたいなので、届け出通りに「KYOHEI」と書いてから下に小さく「KIO-HÄI と発音する」と書き添えた。先々週図書館でたまたま借りた子供用のドイツ語教育CDテキスト(私が会社で仕事をしながら聞いている)に日本人の女の子の名前「ヨシコ」が「JOSCHKO」と書いてあって、CDでは確かにヨシコと言っているから考え方を全くあらためないといけないかなと思うようになった。日本の教え方のローマ字の通りに綴ってそのまま発音してくれればいいけど、そうはいかないので。
学校体験会では、同じ幼稚園からの子供はたった4人だったが、大の仲良しパトリックと行くことができるので京平も喜んでいるし、外国人児童向けのドイツ語講座が小学校で開かれていて京平が週3回熱心に参加していたので、すでに先生に慣れているし小学校の先生も「キョーヘイ」と笑顔で声をかけてくれたらしい。恥ずかしがり屋の京平も2時間の体験教室を難なくこなしたそうだ。体験会の子供の中には、初めて小学校に行ったせいか、わりと大きいのに泣き出す子供もいたと由美子が言っていた。 6月30日金曜日、近所のKさんのうちにおじゃまして、やはり現地の小学校(うちの子供と違学校)に通っているトモくんととうちの子供2人を遊ばせる。私も4時半頃行ってケーキをいただいた。トモくんがドイツ語がうまいので、子供3人で遊んでいるとお互いしゃべる言葉は全部ドイツ語になっている。ちょっと前まで京平はその中に入りにくかったが、いまは普通に3人で遊べるようになった。ちょっと京平が成長したかも知れない。少し前まで、京平は日曜日になると「(現地の)幼稚園は今日は何で休みなの?クリスティーネの幼稚園に行きたい」と泣きべそをかいていたくらいなので、こりゃ小学校に上げるタイミングを考えなきゃと思っていたが、こないだ初めて「幼稚園がつまらない」というようなことを言ったのを聞いたし、遊び方も変わってきたような気がする。 その日、Kさんのうちに子供を預けて、町に由美子と車で出かけて夏休みの旅行を予約してきた。今頃夏の旅行を探すのは遅すぎるのでなかなか良いのがない。知り合いのドイツ人の旦那さんはすでに来年春の旅行を申し込んだそうだ。 申し込みに行ったのが30日の夕方6時前、ちょうどドイツ対アルゼンチンのサッカーの試合の真っ最中で、町のロータリー Europa-Kreisel は通る車が一台もいなかった。旅行代理店で探してもらって、スペインのグランカナリア島に一週間滞在の予約をして帰ってくるときもやっぱりロータリーには車がいない。いつもは、つねにロータリーに入る車が数台待っていてタイミングを見計らって入るという感じなのが、何も気にしないで通ることができる。こんなことは今までなかった気がする。Kさんのうちに戻って、旦那さんと一緒にテレビで延長戦とPK戦を観る。冷静なドイツ人は負けると思っていたくらいの試合なので、ドイツが勝った後で、由美子は車、私と子供二人はそれぞれの自転車で家に帰る途中、大喜びで町中に繰り出そうとする車がクラクションを鳴らして数台通りすぎていった。家の前の通りを、クラクションを鳴らして車から乗り出してドイツの旗を振って走るというのがひっきりなしに通る。その後2時間くらいは続いた。ドイツのこのサッカーの盛り上がりはものすごく、普段は愛国心を丸出しにしないドイツ人がこれだけ旗を買って振っているのは珍しいことだそうだ。パトカーの窓からドイツの旗が突き出ているのもよく見かける。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-07-01 23:18
2006年 06月 25日
6月は学校などで夏祭りをやるので、週末つまり土曜日にいろんな行事が重なる。行事が日曜になることはまずない。24日の土曜日、私はいつものドイツ語講座に行くために自転車で家を8時半に出た。そのあと由美子は大忙しで、午前11時から周平の通う現地小学校での夏祭りがあるので、由美子は前日の夜遅くに焼いておいたケーキを10時ころ学校に持って行って周平と京平をそこで遊ばせて、京平を昼過ぎに日本人幼稚園に車で送り届け、2時半にいったん戻ってきて現地小学校で遊んでいる周平を日本人小学校に車で送り届けていた。学校には、先週あらかじめ遅れる届けを出しておいた。私はドイツ語講座から帰って午後はずっと家で書体の作業というのをここ2週間続けている。FontShop から出している FF Clifford の OpenType 化の作業で、これは自分の自由時間でないとできないため。
夕方、日本人学校が終わった後で家族全員でミホちゃんの家族といっしょにうちの近所の農園にイチゴ狩りに行った。サッカーのドイツ対スウェーデン戦をやっている真っ最中で、農園にはイチゴ狩りに来ている人はほとんどいなかった。こないだの木曜にも京平の日本人幼稚園の友達ケンくんとユウキくんと一緒にイチゴ狩りにいっていて食べきれず由美子がジャムにしたくらいなので、あまりとらないでおこうと言ったのにイチゴ園にいて良いのを見つけるとやっぱり摘んでしまう。イチゴ狩りを終える頃、試合がドイツの勝利で終わったらしくクラクションと歓声が近くの道路から聞こえてきた。 ![]() ![]() そのあと午後7時半ころから、京平の幼稚園の近くの教会が主催する別の夏祭りに家族全員で行った。その夏祭りは現地幼稚園の子ネズミ組のパブロのお父さんから数日前に電話で誘われていたもので、けっこう雰囲気が良かった。たまたま向かいに座ったドイツ人と話をしていたら野球のことになり、平均的なドイツ人は野球のルールを全く知らないのでその説明をした。周平と京平はポテトフライを食べただけで他のドイツ人の子供四五人に交じってサッカーをずっとやっていた。小学生くらいの男の子が京平や小さい子のめんどうをよく見ていてボールの蹴り方の指導までしていて感心した。最初は夏祭りの会場の芝生の上で PK 戦をやっていたのが、あとで近くの広い赤土のグラウンドまでいって本格的に走り回っていた。あたりが薄暗くなった午後10時少し前に家に戻り、子供を風呂に入れる。風呂のお湯が埃で赤茶色になった。 夏祭りに持って行くケーキをどれにするか、味はこれで良いかといろいろ作って悩んでいた由美子が、これで行事も終わって一安心と言っていた。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-06-25 08:54
2006年 06月 21日
6月18日、フランクフルトのマイン川に設置されているサッカー観戦用巨大スクリーン「Main Arena」に日本対クロアチア戦の試合を観にいった。開始時間が18時というふうにうちが買った雑誌には書いてあったが、実際は15時だった。
前もって6月15日の休日に会場の下見もしていた。その時は時間も早かったので空いていたが、日曜日でしかもそのあとにブラジルの試合があるので、だいぶ混んでいて駐車場を探すにも一苦労した、運良くそんなに遠くないところに停めることができたが、試合が始まるころにやっと会場に入ることになって入り口で少し並んだ。けっきょく座席は埋まっていて立ち見になった。当然だけど、会場にはクロアチアのファンの方が圧倒的に多い。紅白の市松ばかり目にチラチラする。 試合そのものはいまひとつ盛り上がりに欠けたが、けっこう巨大スクリーンというのは臨場感のあるもので、頭上にスピーカーがあったせいもあって実際のスタジアムにいるような感じがする。でも、川の真ん中にスクリーンがあるので、ときどき貨物を積んだ船や観光用の客船がスクリーンの前を横切るときに現実に引き戻される。0対0で引き分けて、ファンはみんなおとなしく帰った。次のブラジルの試合を観たい人で入り口に列ができていた。 6月20日、ドイツ対エクアドル戦が16時キックオフなので、会社でサッカーのテレビ中継を観る人もいる。会社の会議室の大スクリーンで試合観戦して良いと社長から前もってお達しがあったので。ドイツの会社はどこもそうらしい。会議室をちょっとのぞいたら8人くらいが観ていた。 私と由美子は図書館に返却に行く用があったので車で町に出た。帰りに、ちょうどドイツが3対0でエクアドルに勝った直後の時間と重なってしまった。サッカーファンの運転する車が、窓からのりだしてドイツの旗を振ってクラクションを鳴らしながら町のロータリーに集結するところといっしょになり、渋滞になってしまった。私たちもロータリーを通るときに応援のクラクションを鳴らして通った。 #
by akobayashi_dnikki
| 2006-06-21 10:05
2006年 06月 16日
6月13日、中国から郵便が届いた。ちょっと前に取材された中国のデザイン雑誌『Art and Design』で、4ページにわたって私の記事を書いた李少波さんが送ってくれた。中国の知り合いの人にも評判が良かった。記事のタイトルは「温故知新」で、これは私が Clifford の制作過程を文章にしたときにつけていたタイトル。中国語では「温故而知新」となるらしい。
![]() #
by akobayashi_dnikki
| 2006-06-16 10:52
|
ファン申請 |
||