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2007年 08月 09日
9月にイギリスのブライトンで開かれるコンファレンスで私は講演をすることになっていて、そのプレゼンテーションを今年から事前に送ることになっていたので日本からドイツに戻って2日間で仕上げた。実は日本での休みの最後の2日間はその構成をどうするかで悩んでいた。準備に時間がかかりすぎるといつも思う。もっと早くできないもんか。書体をつくる時間を多く作りたい。
日本とドイツ間の時差ぼけがドイツに戻って二日目になってちょっと出たが、それがひどくならないうちに次の出張。北米で毎年開かれる書体デザインのコンファレンス TypeCon に参加のため8月3日にアメリカのシアトルに出発。フランクフルトから社長とマーケティングのナディンといっしょにアムステルダムに KLM で飛び、そこでノースウェストでシアトル行きに乗り換える。アムステルダムのスキポール空港での乗り継ぎ時間が短いのでパスポート検査の列に並んでいる人たちに事情を言って最前列に入れてもらい、厳重な手荷物検査も済ませて搭乗口についたら搭乗開始の時間になったが、そこでアナウンスがあって飛行機の点検で問題が見つかって搭乗開始が遅れるということだった。しょうがないからラップトップをとりだして仕事をして待つ。3時間遅れでようやく出発になり、飛行機のなかでもちょっと仕事をしたが電池が無くなり、ビジネスクラスだから電源から電気の供給が受けられるはずだと思ったが、電源プラグの差し込み口から電気が来ない。アテンダントによれば直接コンピュータへの電気の供給はできない仕組みになっているということだった。本当? 隣の席が空いていたのでそこでも試したがだめだった(帰りの便では使えたので、この飛行機で私の座った座席3つとも電源が壊れていたんだろう)。しょうがないから映画でも観るかと思ったらコントローラが壊れていて使えないので隣の窓際の席に移り、『スパイダーマン3』を観たが、特殊効果ばっかりの最近の映画は感情移入ができず面白くない。口直しにフレッド・アステア主演の『足ながおじさん』を途中まで観た。ドラムを叩きながら踊るアステアの芸の方が百倍興奮する。フライトの後半は寝ようと思ったが、アテンダントが来て、私の座っていた通路側の席に病気の男の子を連れて来る、と言う。いいよと言って、その男の子と医者との会話を聞いていた。男の子は9歳で、見るからに辛そうだった。隣でお母さんとお父さんともう一人の男の子が心配そうに立って見守っているので、遠慮するお母さんに「私も10歳の男の子がいるんです」という話をして席を譲って、お母さんとちょっと立ち話をした。その家族は偶然にも私の住んでいる Bad Homburg に住んでいるということだった。私は別の席を見つけてもらって仕事をしようと電源を試したがそこでもだめ、アステアの映画の続きを観ようとしたがコントローラも壊れていたので、持っていた本『Kulturbolschwismus?』(パウル・レナー著)を難しい単語をとばしながら読んだ。飛行機を降りる前に男の子のようすを見にいったらお母さんが「少しよくなったみたいです」と言ったので安心して挨拶して別れた。 シアトルの空港を出たのが午後5時半、ドイツとの時差がマイナス9時間なので、ドイツの時間にすれば夜中の2時半ということになる。3人でタクシーでホテルに向かい、6時ちょっと過ぎにホテルのなかに入ったらすでにコンファレンス関係の人がたくさんいて、なかでも毎年なぜか TypeCon では一番最初に会うニック・シンとは今回も一番最初だった。レセプションのカウンターにいく前に数人と挨拶をして、部屋で荷物を降ろして、時差がプラス16時間の日本にいる由美子に電話。ミネアポリスで橋が落ちたという。そういえば、去年のボストンでのコンファレンスの時も、ボストン空港に到着したと同時にテロ騒ぎがあって家族が心配したなあ。さっとシャワーを浴びてすぐにコンファレンス会場へ。飛行機の中でほとんど寝ていないので夜9時をまわった頃にさすがに眠気がでてきて、夕食をとらずに部屋に戻ってすぐ寝た。 翌日は朝の5時40分に部屋に備え付けのラジオがかってに鳴って目が覚めた。前の人がセットしたアラームがそのままになっていたらしい。お腹がすいていたので、霧雨が降っていたが6時に近所のスターバックスまで歩いていってベーコンと卵のマフィンを買った。コンファレンスの午前の講演のうち二つに出た後で、会社のみんなとシアトル近郊に住むプログラマーといっしょに昼食をとることになり、有名な Pike Place Market まで15分くらい歩いた。 ![]() ![]() 地元の人お勧めのレストラン Athenian Inn はごちゃごちゃした屋内マーケットの中にあって100年近い歴史がある。俳優トム・ハンクスが来店した時の写真が店の窓に貼ってあった。地元のおいしいビールといわれる Pyramid Ale をみんながピッチャーでたのんだのでちょっと味見させてもらい、クラムチャウダーとホタテのソテーをたのんだ。薄味のクラムチャウダーがとてもおいしく感じた。 ![]() 午後の講演も聴きたいものだけ選んで、あとはひたすら外を歩き回る。これはコンファレンスに参加するときの私の健康維持法で、とくに北米はどこでも屋内の冷房が効きすぎで寒い。シアトルの気候は、3日間とも朝方は曇って(霧なのかもしれない)涼しく、午後は晴れて乾燥して暑くなった。屋外の気温は30度くらいあると思うが、それでもコンファレンス会場の空調装置からは寒くて乾燥した風がごうごう(本当に機械がうなるんです)出てくる。私が個人的に感じる体感気温は15度。会場の中に置いてある飲み水のピッチャーにはいつも氷が山のように入っていてキンキンに冷えている。綿のセーターを着て膝にヤッケをかけていても、45分の講演を立て続けにふたつ聴いたら外に出ないといられない。もっともこれは私と他数人が感じているくらいで、半袖半ズボンの人もたくさんいる。夕方も体温調節のために街をぶらっと歩いた。歩いても帰れる距離だけど、旅行に行ったらその街の公共の乗り物に乗るのも好きなので、帰りはバスに乗る。シアトル市のバスは便利で、中心部 Downtown 圏内は無料で乗れる。運転手にどこで降りたらいいか聞いてからバスに乗り、ホテルに戻った。 コンファレンス二日目も午前の講演のうち二つに出た後でまた歩いて Athenian Inn にいって、今度はアサリを食べた。外に出て港の景色をながめていたらブルー・エンジェルスがダイアモンド型のフォーメーションで飛んできた。ニュースとかで聞いていたので、ひょっとして運が良ければ見られると思っていた。急いでカメラを出して撮ったが、なんせ街のレタリングの撮影のことしか考えていなかったので、レンズは 28mm のものしか着けていない。ダメで元々と思って撮ったが、やはりカモメが群がっているくらいにしか見えない...。だから載せません。 午後の講演は聴きたいものが多くて、なるべく冷房の直接当たらないうしろのほうに座っていたがそれでも寒い。夕方になると頭痛がしてきたので夜のパーティには出ずに8時半にベッドに入り、10時間くらい寝る。 最終日の昼は私の出番「10分間書体批評」。マシュー・カーターとジョン・ダウナーといっしょに書体デザインの批評をするというもので、これを3人で始めてから5回目になると思うが、毎回少しずつレベルが高くなってきて面白い。日本から来ている Type Project の岡野さんも自作のローマン体とイタリック体とを持ってきた。出番が終わってから外に出てかみさんにお土産のハンドバッグを買い、ホテルに戻る途中でマシューに会った。互いに話すことがいろいろあったので、誰もいないホテルの中庭でお茶を飲みながらたっぷり一時間、仕事のこともその他のこともいろいろ話をした。会場で配られていた TDC 書体コンテストの告知ハガキに使われていた彼の新しいサンセリフ体についていろいろ突っ込んだ質問をした。ベルトルド・ウォルプ(Berthold Wolpe)の影響が見える、といったら笑いながら認めていた。マシューはコッホよりウォルプが好きだといっていた。実は私もそうです。活字書体として見たときに、ウォルプの書体のほうが活字としてこなれていると思う。 私とマシューが話しているのをジョン・D・ベリーとゲイリー・ムンチが見つけて話に加わったあとで、岡野さんがちょうど現れたので無理矢理テーブルに連れてきた。数年前に、ジョンとゲイリーとに日本のフォントメーカーの動向について聞かれて雑誌『AXIS』を送ったことがあるので、ちょうど良い機会だと思って。夕方はお別れパーティに出て、アメリカで働いている日本のエンジニアの人や学生さんとも会って、日本のフォントのことももっと紹介したいね、という話をした。 コンファレンスが終わって翌日の8月6日、ライノタイプの他のみんなをホテルのロビーで見送って、私はもう一日余計に働く。TypeCon の運営委員のひとりから雑誌『HOW』に載せる記事のためインタビューをしたいと申し込まれていたためです。午後4時から7時までたっぷり3時間話した。その時同席した人から、シアトルの図書館の建物は中に入ると面白いよと言われたので、ホテルから近いし次の日空港に行く前に見てみようという気になった。 翌8月7日、朝早くバスに乗って Pike Place Market まで行ってちょっと買い物をして帰ってきて、チェックアウトを済ませてから図書館を見にいった。10時開館で一番に入って、最上階までエスカレータで上って、空港に向かう10時半まで中をじっくり見てきた。てっぺんの読書室からはとても緩やかなスロープで下の階に螺旋状におりる構造になっていて、中心になるその通路には階段や段差が無い。もちろん急ぐ場合は建物の中央にエレベータがあるからそれを使えばいい。一番ホテルに近くて面白い観光名所だった。 ![]() 6年前に初めてアメリカのシカゴに来たときに、初対面なのに店員の挨拶が「How are you?」だったり通りすがりの人に「そのジャンパー似合うよ」と言われたりして戸惑ったが、毎年 TypeCon に来ていて、アメリカに来るのが7回目なので慣れてきたつもりだった。ここシアトルではもっとくだけているのかどうか知らないが、レストラン Athenian Inn のウエイターの挨拶は「Hey, what's going on?」だった。また、通りすがりの女の人に「そのジーンズ良いわね、どこのメーカー?」とわりと突っ込んだ質問をされた。やっぱり一瞬ためらうなあ。答えたけど。 帰りのノースウェスト航空のアムステルダム行きでは電源がちゃんと使えたので、たっぷり仕事ができた。数時間続けて書体デザインに没頭できるのは久しぶりで、やっぱり書体をつくっていると落ち着く。ドイツに到着したのが8月8日、京平の7歳の誕生日。11時ころ家に着き、時差ぼけを治すために昼寝をせずに街に買い物に行き、イタリアンレストランでお昼を食べた。
by akobayashi_dnikki
| 2007-08-09 00:04
| 書体デザインについての話題
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