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2007年 07月 31日
8月にシアトルで開かれるコンファレンスに出席のため、7月29日の夜7時半にひとりでドイツの家に戻った。由美子と子供達は一週間遅れで帰ってくる。日本を出てくるときは重い荷物を持って汗だくだったが、フランクフルト空港を出てタクシーに乗るときは肌寒いくらいだった。20度くらいしかないと思う。タクシーの運転手に聞いたら、2週間くらいこんな天気が続いているそうだ。翌日から時差ぼけ無しで出社してます。
日本での滞在の後半のようすはこんなふうだった、というのを忘れないうちに書きます。 7月20日の金曜日の朝は忙しかった。一学期の最終登校日なので、子供二人の体験入学の最終日。小学校に子供を送っていった後マンションの部屋に戻って荷造りを済ませ、新宿区役所と不動産屋さんに届けを出して部屋を引き払い、タクシーで学校まで行く。12時に小学校に着いて、お世話になった校長先生や担任の先生方にあいさつをした。京平は一年生のクラスのみんなの寄せ書きをもらっていた。お別れ会の後、新潟に行く予定だったのが変更になったので、由美子の実家の川越に行く。 川越ではのんびりできた。21日の土曜日に由美子の親戚に挨拶に行った後、会社の同僚に鋳鉄製の風鈴を頼まれていたので南部鉄の風鈴を買って、その並びにある和菓子屋さんで一休み。 ![]() ![]() 22日の日曜に千葉の弟の家に移動。呼び寄せた新潟の両親と東京駅で合流して、千葉で久しぶりに一家が揃った。曇りや雨のパッとしない天気が多かったが、銚子まで行ってみようと決めた24日は快晴になった。由美子と子供二人と父と一緒に電車で銚子に行き、そこで銚子電鉄に乗り換えて犬吠埼へ。夏休みの宿題もさせたいので、スケッチブックを持っていった。絶好のスケッチ日和。これは犬吠埼灯台を見ながらスケッチする京平。 ![]() 周平は銚子電鉄の機関車「デキ3」を描いた。パンフレットによると「日本一小さい電気機関車」だそうだ。右端にギリギリ写っているのがデキ3。ホームの幅が狭くてこれ以上下がれなかった。 ![]() 25日の夜は、甥の哲也の通う高校でサッカー教室があるというので、引っ込み思案の京平に「見にいくだけでも良いから」といって連れだして参加させた。始まる前はイヤだといっていたのに、始まったら案の定楽しくなって、見ている方も1時間半の教室があっという間だった。 26日は日本パッケージデザイン協会のセミナーの講演をするので東京まで出た。講演の後の質問がいろいろ出て本当に面白かった。こういう講演を日本でもたくさんしたいなあ、と思う。講演の後は打ち上げに出てから、千葉の弟の家に遅くならないうちに帰るため途中でおいとました。一時間半電車に揺られて、榎戸駅で降りる。小さな駅で、しかも夜の9時半なので、そこで降りる人はせいぜい20人くらいだろうと思っていたが、電車を降りてから一つしかない改札に向かう跨線橋を上るために橋の下に行列ができるくらい人がいた。ざっと数えても300人くらいはいたと思う。弟の家に戻ったら、弟も同じ電車で帰ってくるはずだという。数分後に弟が帰宅して、降りる人の多さに驚いた話をした。毎日朝の5時台に家を出て夜の9時半に帰宅する弟は偉い。私には出来ない。その日は夜遅くまで弟夫婦と話し込んだ。 今回の休暇は三週間、これまでより一週間多くとったので、ゆっくりできた。いろんな人と会って話ができたし、食べたいものも食べたし、久しぶりに落語も聴いたし。台風四号のせいで静岡での一泊がとりやめになったのと中越沖地震の余震の心配で新潟行きも取りやめになったのは予定外だったけど、銚子で海を見ることもできたし満足だった。
by akobayashi_dnikki
| 2007-07-31 08:28
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