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2006年 09月 01日
ライノタイプ社長のシュタイナート氏が8月31日付けで退職したので、そのお別れパーティを9月1日夕方フランクフルト中心部でやった。社員の多くは社長が退職することを知ったのが8月の25日で、私は休暇明けの28日に知った。突然のことでびっくりした。ライノタイプ社が売りに出されることでいろいろ大変なことが重なって体調を崩したというのが退職の理由だと聞いた。5時半に会場に一番に到着して、フルティガー氏の授賞式の様子を律儀に報告しようとした私を「まあまあ何か飲め」と笑って飲み物を頼んでくれた。パーティ会場では、いつもデジタルカメラを持っているシュタイナート氏がコンファレンスや出張の合間に撮った写真を壁に映していた。人と話をしている途中にちらっちらっとと横目で写真を見る。サンフランシスコのコンファレンス会場での立野さん、フルティガー氏と私が並んで映っているトゥンゼー湖上のパーティ、Falkenstein のホテルでの Optima nova 制作終了パーティでの周平とツァップ氏、東京のパレスホテルの鉄板焼き、などが見えた。彼はいつも前向きな考えで、日本人的にあれこれ周りを気にしている私に、「そんなこと気にするな」と新しいものの見方を笑いながら教えてくれるようなところがあって、見習わなきゃと思わされた。この社長だからこれまで助かったことがたくさんある。励まされたことが山ほどある。シュタイナート氏の姿勢はライノタイプの姿勢だった。
帰りは地下鉄で帰ってきた。途中で工事をやっていて一度バスに乗り換えて帰ってこなくてはいけなかった。
by akobayashi_dnikki
| 2006-09-01 23:52
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